思いやっていてくださるのですね。監獄にいる人のことも。あの方
ヨセフは捕えられ監獄にいた。
しかし、主がヨセフと共におられた。創世記39:20~21
自分も一緒に捕えられているつもりで、
牢に捕らわれている人たちを思いやりなさい。ヘブル書13:3
(ローズンゲン日々の聖句10/21;水)
主人の妻のざん訴によって、無実の罪で監獄に入れられたヨセフ。
しかし、その監獄でも、主はヨセフと共にいてくださって、ヨセフに恵みを施されたのだそうです。
主は監獄にいる人とも共にいてくださるのだそうですね。
その主と、思いを一つにしている者は、牢に捕らわれている人と心を共にするようにもなるのだそうです。
アブラハムの息子、イサクの嫁を探しに、遠くの親族のところに出かけて行ったしもべが、主人アブラハムと、また、息子のイサクと思いを一つにしていたように(創世記24:54~67)。
私たちも、「聖である霊」と呼ばれる方によって、それぞれの置かれた、それぞれの場にあって、主と心を一つにし、思いを一つにさせていただけるのだそうです。
今日も。