「わたしがともにいるから」
水の中を通るときも、
わたしはあなたと共にいる。
大河の中を通っても、
あなたは押し流されない。
火の中を歩いても、焼かれず、
炎はあなたに燃えつかない。イザヤ書43:2
イエスは起き上がって風を叱り、
湖に「黙れ。静まれ」と言われた。
すると風はやみ、すっかり凪(なぎ)になった。
イエスは弟子たちに言われた。
「なぜ怖がるのか。」マルコ4:39~40
Ⅰコリント7:17~24
エレミヤ13:1~11
(ローズンゲン日々の聖句9/9;金)
天の神、主、「わたしはあるという者だ」と言われる方は言われます。
だが、今、ヤコブよ。
あなたを造りだした方、主はこう仰せられる。
あなたを形造った方、主はこう仰せられる。
「恐れるな。わたしはあなたを贖(あがな)ったのだ。
わたしはあなたの名を呼んだ。
あなたは私のもの。
あなたが水の中を過ぎるときも、
わたしはあなたとともにおり、
川を渡るときも、あなたは押し流されない。
火の中を歩いても、あなたは焼かれず、
炎はあなたに燃えつかない。
わたしが、あなたの神、主、
イスラエルの聖なる者、
あなたの救い主であるからだ。
わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:1~4新改訳)と。
イエスについては、
さて、その日のこと、夕方になって、イエスは弟子たちに、
「さあ、向こう岸へ渡ろう」と言われた。
そこで弟子たちは、群衆をあとに残し、舟に乗っておられるままで、イエスをお連れした。
すると、激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水でいっぱいになった。
ところがイエスだけは、とものほうで、枕をして眠っておられた。
弟子たちはイエスを起こして言った。
「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」
イエスは起き上がって、風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われた。
すると風はやみ、大なぎになった。
イエスは彼らに言われた。「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのは、どうしたことです。」
彼らは大きな恐怖に包まれて、互いに言った。
「風や湖までが言うことをきくとは、いったいこの方はどういう方なのだろう」(マルコ4:35~41新改訳)と。
その方が言っておられるのだそうです。
「帯が人の腰に結びつくように、
わたしは、イスラエルの全家とユダの全家をわたしに結びつけた。
――主のみ告げ――
それは、彼らがわたしの民となり、名となり、栄誉となり、栄えとなるためだった」(エレミヤ13:11)と。
私たち、異邦人で、イスラエルの国籍がなく、本来は、神の約束とも関わりがなく、神なく、望みもなく生きている者ですが、神の愛による、イエスの十字架刑での、私たちの身代わりの処刑と、このイエスによって来てくださる「聖である霊」と呼ばれる方によって、受け取るなら、「子」の身分を与えられ、神の国の国籍を持つ者としていただけて、この約束のことばも自分のものとなるのだそうです。
そして、また、この方は、パウロを通して言っておられます。
「おのおのが、主からいただいた分に応じ、
また神がおのおのをお召しになったときのままの状態で歩むべきです。
兄弟たち。おのおの召されたときのままの状態で、神の前にいなさい」(Ⅰコリント7:17~24)と。
この方の御思いを聞きながら、今、置かれている、その場所に出て行けば、この方の働き、その御業の中を、この方とともに歩むことになるのだそうです。
今日も。
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