soyogiのブログ

「ローズンゲン日々の聖句」により、聖書からのメッセージを書いてみます。

不法、破壊、崩壊を、救い、栄誉に取り替えていただいて

 あなたの地は再び不法を耳にすることなく、


破壊と崩壊は領土のうちから絶える。


あなたの城壁は「救い」と、


城門は「栄誉」と呼ばれる。イザヤ書60:18





 預言者ヨハネの手紙:


そのとき、私は玉座から語りかける大きな声を聞いた。


「見よ、神の幕屋が人の間にあって、


神が人と共に住み、人は神の民となる。」黙示録21:3





 使徒15:22~31


 ルカ6:12~16(通読箇所)


      (ローズンゲン日々の聖句1/19:木)




 
 天の神、主、「わたしはあるという者」と名乗られる方が共に住み、人がその方の民となるとき、民の間から不法はなくなり、破壊と崩壊は救いと栄誉に取り換えていただけるのだそうです。


 今の、この人間の歴史が終わり、新しく始まるその世界は、そのような世界なのだそうです。





 けれども、今も、この神の国は、あのイエスによって、この人間の歴史の中に突入して来ているのだそうです(ルカ11:20、17:20~21)。
 




 今から2000年ほど前のこと、ユダヤの地で、


最初からのご計画のとおりに、


〔独り子なる神〕と呼ばれる方が、


〔女の子孫〕として(創世記3:15)、


ダビデ王の家系の人間イエスとして、


人の世に来られ(ヨハネ1:14)たのだそうです。





 そして、およそ33歳の頃、


〔救い主、キリスト〕として


すべての人のすべてのそむきの罪の責任をご自身に負って十字架刑での処刑を受けてくださり、


罪の人の世に〔聖である霊〕と呼ばれる方が来られても大丈夫なように、


人が滅びてしまわないようにしてくださったのだそうです。
 




 そのうえで、受け入れる者に、この方、〔聖である霊」と呼ばれる方を派遣してくださるのだそうです(ヨハネ14:16、使徒2:1~4、39)。
 




 この方、〔聖である霊〕と呼ばれる方が来られ、


受け入れる者のうちに住んでくださり、


受け入れる者の心に〔父である神〕の、私たちひとりひとりに思っておられる御思いを置いてくださるとき、


受け入れる者はこの部分において、


〔父である神〕と同じ思いを思い、一つ心にしていただけるのだそうです(エゼキエル36:25~31)。





 それで、この〔御思い〕に導かれて進む者は(ガラテヤ5:24~25)、


心を一新していただけて(ロマ12:2)、


〔御霊の実〕と呼ばれる「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」を心に持つ者にしていただけるのだそうです(ガラテヤ5:22)。
 




 それで、文字による〔律法〕のしばりによらないで、


その〔律法の要求〕を満足させる者としていただけるのだそうです。





 私たちも、〔聖である霊〕と呼ばれる方が共に住んでくださるとき、私たちの内にある不法、破壊、崩壊は、〔救い〕、〔栄誉〕に取り換えていただけるのだそうです。


今日も。







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