soyogiのブログ

「ローズンゲン日々の聖句」により、聖書からのメッセージを書いてみます。

新しい創造にあずかって

天よ、露をしたたらせよ。
雲よ、正義を注げ。
地が開いて、救いが実を結ぶように。
恵みの御業が共に芽生えるように。
わたしは主、
それを創造する。イザヤ書45:8



 今や、恵みの時、
今こそ、救いの日。Ⅱコリント6:2



 ヘブル書13:1~9b
 黙示録21:15~27(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句11/14;水)


 天が露をしたたらせ、雲が雨を注ぐように、
天の神、主、
「『わたしはある(Iam)』という者」と名乗られる方は、
正義を注ぎ、
地が穀物を産するように、
救いと恵みの御業を芽生えさせ、実を結ばせてくださるのだそうですね。
「わたしがそれを創造する」とおっしゃってくださって。


 神の御子である方が、人間イエスとなって、人の世に来てくださり、
私たちの身代わりとなり、
私たちの「的外れ」のすべての責任をご自分の身に負って
十字架刑での処刑を受けてくださって、
私たちの〔生まれたときからの私〕という霊を
処刑が済んだもの、死んだものとしてくださっているのだそうです。


 そして、死んで墓に葬られたイエスは、
三日目、日曜日の早朝、新しい霊のからだに復活し、
40日に渡り、何度も弟子たちに現れて神の国について語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、
上げられ、雲に迎えられて見えなくなり、
天の、〔父である神〕の右の座に帰られたのだそうです。
また来るとの約束を残して(使徒1:1~11)。


 〔父である神〕は、このイエスを通して、
もう一人の方、〔聖である霊〕と呼ばれる方を、受け入れる者に派遣してくださり、
この方の働きによって、
私たちの心に、
御自身が私たち一人一人に思っておられる御思いを置き、
書きしるしてくださるのだそうです(エレミヤ31:31~34、エゼキエル36:25~28)。


 それで、このことが成っている今が、その恵みの時、
今こそが、その救いの日、なのだそうです。



 〔聖である霊〕と呼ばれる方は、
私たちの心にも御思いを置いてくださるのですね。
兄弟愛をいつも持っているように。
旅人をもてなし、牢につながれている人々、苦しめられている人々を思いやり、
結婚を重んじ、寝床を汚さないように。


 金銭を愛する生活を求めないで、いま持っているもので満足し、
「わたしは決してあなたを離れず、あなたを捨てない」と言われた方に信頼し、
「主は私の助け手です。
人間が、私に対して何ができましょう」という者にしていただけるようです。


 イエス・キリストは、きのうもきょうも、
いつまでも、同じなのだそうですから。


 さまざまの異なった教えによって惑わされないように。
食物によってではなく、恵みによって心を強めるように(ヘブル13:1~9)と。



 また、帰るべき新しい都の希望を。
その都には神の栄光があって、
その輝きは高価な宝石に似ており、
透き通った碧玉のよう、なのだそうです。


 都の城壁はあらゆる宝石で飾られており、
12の門はそれぞれ、一つの真珠からできており、
都の大通りは、透き通ったガラスのような純金、なのだそうですから。


 都には、これを照らす太陽も月もいらないのだそうです。
神の栄光が都を照らし、小羊(イエス)が都のあかり、なのだそうです。


 私たちも、イエスによって、
この地上での日々を〔父である神〕と心を一つにして歩み、
この都を受け継ぐ者にしていただけるのだそうですから。
今日も。


(近くの教会を知りたい等の方は;shkhknsyg3@yahoo.co.jpへどうぞ。)


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